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地域後見推進プロジェクト

共同研究
東京大学教育学研究科生涯学習論研究室+地域後見推進センター

トピックス.

修了生代表スピーチ(令和元年度市民後見人養成講座 修了証書授与式)

 修了生代表スピーチ
 藤原章雄 様

 

 皆さん、こんにちは。
 只今ご紹介いただきました藤原章雄と申します。
 今日、ここで修了生代表としてご挨拶できることを、とても光栄に思います。

 10月から10日間にわたった講義も、本当にあっという間でした。
 人生において、最初で、最後となるであろう東大での講義と、久方ぶりに感じる学生気分に興奮したからかも知れません。
 皆さんは、いかがだったでしょうか。

 今日は、施設体験実習で伺った「認知症グループホーム」で学んだことを少しお話させていただきたいと思います。

 「認知症グループホーム」については、ご存じの方も多いかもしれません。認知症の方が専門スタッフの援助を受けながら共同生活を送る小規模な介護施設のことで、食事の支度や掃除、洗濯なども、利用者、スタッフが共同で行います。

伺った施設は2階建てで、1階に9名、2階に9名の計18名の方が生活されていました。私は2階を中心に実習させていただきました。

 最初は、自己紹介を通じた、軽いコミュニケーションから。70~90代の方、お一人お一人とお話ししました。私は、家族や子どものこと。入居者の方からは、どこで生まれ、どんな仕事をしてきたか、そんな話をしました。その時、ちょっとおかしいなと感じたのは、
 「私ね、新潟の新井というところで育ったの。海が近かったから、よく近所の子どもたちを連れて海水浴に行ったのよ」
 割烹着を着たMさんから、10分おきぐらいに、同じ話が出てくるんです。とても印象的な出来事だったのだなと。
 「へー、そうなんですね」と私は話を合わせ、うなずきました。

 昼食を終えた午後のことです。
 都電の車掌をされていたというEさんと、豆屋の看板娘だったというOさんと一緒に1階に降り、1階の居住者2名が加わって、4人で「いろはかるた」をしました。
 犬も歩けば棒にあたる(いぬもあるけばぼうにあたる)
 論より証拠(ろんよりしょうこ)
 花より団子(はなよりだんご)
 淡々と進みます。読み手と捕り手を交代しながら、4、5回したところでしょうか。トランプをしようということになり、「神経衰弱」を始めました。
 52枚のカードを伏せて、好きな2枚を表に向け、その2枚が同じ数字であればポイントになる、という遊びです。
 最初は、誰がやってもなかなか合いませんが、しばらくすると、どこに、どんなカードがあるかわかってきます。
 私も、「あっ、あそこのあたりですよ」と指をさすのですが、4人とも全く違う場所のカードをめくり、「合わない、合わない」「こりゃ、時間がかかるよ」「長期戦だ」と口々に言います。始めてから30、40分した頃でしょうか、スタッフリーダーの方が現れて、「いやだー、神経衰弱やっているの。10枚のカードだって、合わせるのに30分かかるのよ」と。

 私は愕然としました。
 仕事柄、認知症のことをわかっていたつもりですが、ちょっと実習にくればわかるようなこともまるでわかっていなかったのです。

 外見は私たちと何も変わらず、多くの居住者と簡単な会話は成立しました。また、食器を片づけたり、拭いて棚に戻すという日常生活動作に支障のない方も見られました。スタッフの方に伺ったところでは、入居者のほとんどが風呂の跨ぎもできるとの事でした。しかし、同じことを何度も繰り返し話をする、トランプの数字が覚えられないなど直前の記憶がない、といった共通項が見られました。今回の実習を通して、認知症と言えども、まったく意思の表出ができないわけではなく、やりたい・やりたくないといった感情や、共同生活の中での他者への遠慮や気遣いなど、私たちの生活と変わらないことがわかりました。

 また、施設外への自由な外出については限られているほか、認知症グループホームは医師や看護師が常駐しておらず、風呂場もリフトや機械浴槽が無いなど、「終の棲家」ではなく、ほとんどの方が特養の申し込みをされているとの事でした。実習の中で一番長い時間を過ごしたEさんは「ここは何でもしてくれるから天国みたいだ」と話していましたが、少しリップサービスもあったように思います。認知症になっても、その人らしい暮らしができる社会を実現することは、決して容易なことではないと改めて感じました。

 わが国は世界でも例を見ない速度で高齢社会を迎えています。そのため、早急に解決しなければならない様々な課題を抱えています。なかでも、認知症対策は避けて通ることのできない重大な課題となっています。
 認知症施策推進大綱には、「共生」と「予防」を車の両輪として施策を推進していく、と書かれていますが、とりわけ、国民から「認知症の人」という画一的なイメージを無くし、理解促進を目指し、ともに暮らせる社会づくりを行っていくことが重要と考えます。

 最後になりますが、こうして熱い思いを持ち、講座に臨まれた皆さんとご一緒出来たことにとても感激していますし、私事ですが、市民後見人として地域の支え手になりたい、という私の思いを理解し、土日に6歳と2歳の娘の面倒を見てくれた、家内に感謝して、終わりにしたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

 


 修了生代表スピーチ
 長田治雄 様

 

 本日は、このように盛大な修了式という場を設けて頂き、ありがとうございます。地域後見推進センターの理事の皆さま、先生方、事務局の皆さま、ご来賓の方々に御礼申し上げます。令和のはじまりという記念すべき年に開講したこの養成講座を、オリンピックの開催される令和2年の2月22日大安という良き日に無事修了することが出来たのも、関係するすべて皆さまのご指導のたまものです。重ねて感謝の意をあらわしたいと思います。

 さて、私の幼少のころですが、高齢者はご隠居や長老と呼ばれ、地域の人々の尊敬を集め、大切な会議には、ご意見番として大きな影響力を持つ存在でした。私自身も、世の中のよく分からないことは、まず祖母に聞いていた記憶があります。不老長寿に憧れ、それを追い求めることから、公衆衛生、医学、国民皆年金・皆保険の制度、などを発展させ、平均余命は大きく伸びました。夢は実現に近づいたのです。思い描いた通りの幸せな老後を迎えるはずでした。

 しかし、実際はどうでしょう。人生100年時代と言われておりますが、アクサ生命の行った20代~60代の男女1,000人に対するアンケートでは、約8割の方が「100歳まで生きたいとは思わない」と答えています。長生きは、希望ではなくリスクになりつつあるようです。これは、歳を重ねるとともに、がん罹患率や、認知症の有病率が高まることと無縁とは言えないでしょう。「迷惑をかけるくらいなら、長生きしたくない」と考える方もいるようです。

 ところで、私の父、母は、80歳を越えたころから認知症の症状が顕著になり、日常生活に差し障りを生ずるようになりました。姉、妻をがんで既に亡くしていた私は、父や母が、なるべく長く、健康で元気に自立した生活をおくることを目標に、会社を退職し、同居して介護を行うようになりました。旅行の機会を増やし、年4回ほどですが、温泉などに出かけることも致しました。しかし私は、誤った対応をしていました。その頃父や母は、楽しみだった大浴場に行くとその中で戸惑い、結果のぼせるほど時間がかかるようになりました。また、部屋まで帰ってくることができなくなっていました。そこで、私は眺めの良い露天風呂のついた部屋を選ぶようになりました。部屋で過ごす時間が長くなり、お土産を買ったり、散歩したりする時間が減りました。電車の移動は、トイレのすぐ近くのグリーン席が定番となりました。さてここで問題です。これは旅行の言えるのでしょうか。

 私は、父や母の思いよりも、失敗することの方を恐れてしまったのです。権利擁護や身上の保護といった言葉をはき違え、必要以上に自由を制限し、保護の名のもとに、できることまでその機会を奪ってしまっていたのです。父や母を信用していなかったのは、私でした。それは、できることを見ずに、できないことに焦点を当て、行為能力の制限を強化していくという負の考えそのものです。後見人の仕事って何だろう。意思決定の支援とはどうすべきなのだろう。こうした疑問が次第に大きくなり、この講座を受講する動機へと変化していったのです。

 後見人は、被後見人の意思を形成することから始め、それを表明し実行できるまで支援することが求められています。意思の形成を支援することは、「AにしますかそれともBにしますか」という選択肢を提示することではありません。また、被後見人の意思を尊重しつつも、合理的と思われる考え方へ導くことでもありません。そのためには、被後見人に寄り添い、どうしたら良いのかをともに悩み、考えることが必要となるでしょう。そうして時間をかけやっと得た結論であっても、次の日にはいとも簡単に変わってしまうこともあるのです。こうした一見報われないようにも思われる支援は、同じ目線に立って行動できる市民後見人にしかできない、と講座を受講して思うようになりました。

 しかし正直なところ、今も何が正しいのか分かりません。海図なき航海に船出するような不安が95%、新しい取組みに一歩を踏み出すことへの期待が5%といったところです。それでも私たちは、ここで学んだことを基礎に、より適切な支援ができるよう、そして、安心して迷惑をかけることのできる社会となるよう、さらに学びを深めていくことをここに約束いたします。

 本日はありがとうございました。


 修了生代表スピーチ
 樫本富弓 様

 

 講座の修了に⾄りまして、まず初めに講師の先⽣⽅、地域後⾒推進センターおよび東⼤関係者のみなさまに、感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

 樫本富⼸と申します。グラフィックデザイナーをやっております。

 ⼀昨年、両親が相ついで他界しまして、重度知的障害者である妹の、成年後⾒⼈の申し⽴てを致しました。
申し⽴てに対し裁判官は、弁護⼠と私で事務を分掌する複数後⾒の審判をなされました。しかし、指定されたその弁護⼠との間に問題が多発し、辞任して頂くまでの1年弱の期間、私は労⼒的にも精神的にも本当に疲れました。

 ほかの障害者のご家族もまた、今後良かれと思って申し⽴てをし、うちのような被害に遭い続ける可能性があります。防げるいい⼿はないだろうか。後⾒制度は本当にこのようなものなのか。情報がほしい。
 そんなモヤモヤした状態の時に、この講座を知ったのが、受講をした経緯です。
 ですので、当初は障害者に関わりのあるテーマが⽬的でした。
 しかし、幅広くどの講義も充実していて、法律の条⽂から、笑いも交えた現場のエピソードなど、飽きることないプログラムによって、⾼齢者のテーマについてももはや我が⾝のこととして興味がわいてきました。

 実習では、⺠間の障害者⽀援施設と区役所との連携が、私が想像していた以上になされていまして、本⼼を探るのが難しいであろう利⽤者の希望を、より適切な形で応じられるような体制づくりがなされている、もしくはその⽅向にあると感じました。
 それは、講義中にありました「地域包括ケアシステム」の構築を、理想というだけではない近い未来と実感する経験になりました。

 また講座を通し、各分野の第⼀線でご活躍されている先⽣⽅から、直接学べたことは、今後の⾃信につながるように思います。
 休⽇の時間を費やし受講したのが、この講座であって本当によかったです。

 後⾒⼈業務は、弁護⼠や司法書⼠らが、「⽚⼿間」にやるような単なる事務仕事でないのは明らかです。
 例外はあれど本⼈のことを⼀番理解できるはずの家族が、担うべきと私は信じています。
 ですが、それも棺桶型の⼈⼝推移のなか、難しくなるのであれば、本⼈の⽣活に近く、地域の情報を持ち、社会経験も豊富な、市⺠後⾒⼈が頼りとなってきます。
 「市⺠後⾒⼈」。それが、⼀般的な認知度を増し、安⼼して制度の利⽤を検討できる社会へと、ここで勉強した私たちの活動が、影響していくことを期待します。

 私の今後は、数としてはマイノリティですが、やはり障害者の後⾒制度利⽤について研究していきたいと考えています。
 いわゆる障害者の「親亡きあと」問題です。亡きあとでは遅い。「親亡きあとに向けて、⽣きている間にすべきこと・すべきでないこと」について取り組めたらと思っています。

 さて、講座中、グループワークで⾃⼰紹介をしただけでも、FP の⽅、弁護⼠の⽅、訪問看護をされている⽅、福祉窓⼝にいらした⽅、ご友⼈の任意後⾒⼈の⽅、そして、もうすぐ仕事を引退して時間に余裕ができる⽅、などがいらっしゃいました。
 であれば、この12 期⽣だけでも、連携が取れれば最強じゃないでしょうか。
 今後の活動の最中、同⼠にお会いできるのを楽しみにしております。

 最後に、皆さん、講座修了おめでとうございます。
 以上で、私のスピーチを終了させて頂きます。ありがとうございました。

 

令和2年2月22日 東京大学本郷キャンパス弥生講堂
令和元年度市民後見人養成講座 修了証書授与式