この点は、平成11年改正当時に後記のような議論があった点です。
本人が入所している施設を経営する法人については、欠格事由(民法第847条)として規定すべきであるという意見もありましたが、一律に欠格事由とはせず、民法第843条4項の解釈に委ねることとした上で、そのような法人が単独で包括的な代理権を有する成年後見人となることは、不適当という解釈が示されています。他方で、無料の介護サービスを提供する場合、複数後見であって権限が分掌されている場合、補助人のように権限が限定されている場合、後見監督人によって補完できる場合等には選任する余地がある旨の国会答弁があります。このような解釈の下では、本人が入所している施設を経営する法人であっても、補助人、保佐人又は成年後見人(後見監督人付きで)に例外的に選任される可能性があるのではないかと思われます。
しかし、例えば、成年後見人として、本人が入所している施設を経営する法人と他の者を選任して、複数後見とした上で、その法人については「身上保護」についてだけ権限を与えたとしても、「身上保護」の意味にもよりますが、施設サービス計画への同意が「身上保護」に含まれるとすると、その法人は、一方では、(その職員を履行補助者として)施設サービス計画を作成し、他方では、成年後見人としてそれに同意することになりますが、これは利益相反になると考えられます。
また、施設サービスの提供に係る苦情の申立ても「身上保護」に含むとすると、その法人は、一方では、成年後見人として自身の施設サービスに苦情を申立て、他方では、施設の運営主体として苦情対応を行うことになって、これも利益相反になります。苦情に至らない施設サービスの提供に係る要望であっても、例えば、居室替えの要望であっても、これも「身上保護」に含まれるとすると、その法人は、一方では居室替えを要望し、他方ではその要望に対応する関係になるので、利益相反の可能性が生じます。
そこで、これらについては後見監督人に行わせるのであれば、最初から、その法人以外の者を成年後見人に選任しておいた方が、本人の利益にかなうのではないかという疑問が生じます。後見監督人を選任すると、その報酬の負担が発生するという問題もあります。
弁護士等の第三者委員は、法律上の制度ではない上に、やはり、その報酬の負担が発生するという問題があります。
例えば、親が死亡して、施設に入所している本人が不動産等を相続した場合に、本人が入所している施設を経営する法人を補助人又は保佐人として選任し、遺産分割等の相続の手続についてだけ権限を与えれば、利益相反の問題は回避できるかもしれません。しかし、遺産分割等の相続の手続について、その法人は専門知識等をもっていて適性があるのか、遺産分割で取得した財産についてその後の管理は誰がするのか等の問題が生じえます。
また、障害福祉サービスの提供自体が非常に重要かつ困難な仕事であるのに、その法人は、このような手続に時間と労力を割くべきなのか、障害福祉サービスの提供と後見事務は分業にした方が本人の利益にかなうのではないかという疑問も生じます。
法人の代表者については、法人の場合と同様に考えることになると考えられます。法人後見と言っても、社会福祉法人の理事会の年間の開催数及び実際の機能等を考えれば、代表者(理事長)の専決による個人後見に近い実態になる可能性も考慮する必要があります。
その他の役員又は職員については、法人の場合に準じて判断することになると考えられます。職員については、その地位又は権限が一様ではなりませんが、法人と雇用関係にあってその指揮命令を受け、法人のサービス提供義務の履行を補助する地位にあること、現在は、本人の担当者ではなくても異動して担当者になる可能性があること等を考慮する必要があると考えます。なお、労働時間内の後見事務は、法人がその労働義務を免除しない限り行えないのではないか、賃金と後見報酬を得ることは場合によっては二重の受領にならないか等の労働と後見の関係が問題になる可能性もあります。
「第二期成年後見制度利用促進基本計画」(令和4年3月25日閣議決定)(厚労省のWebサイトの成年後見制度利用促進のコーナー参照)を読む限り、以上の点については、特にふれられていないようです(同計画のⅡ2(2)参照)。
記
(国会会議録検索システムによる第145回国会衆議院法務委員会会議録第19号30頁から)(一部省略し、下線を記入)
○木島委員 ・・・どういう人が後見人に選任されるか、決定的に重要だと思うんですね。被後見人等の財産が正しく守られるかどうかが、どんな人たちが後見人に選ばれるかによってある程度決められると思うからです。 それで、民法八百四十三条第四項ですが、利益相反にある個人や法人をそういう後見人から排除するということが非常に必要だろう。この制度をつくるに当たって多くの団体や個人からも、ぜひ、利益相反にある個人や法人は後見人に選任してはならないという排除の明文上の規定が必要だということが意見として言われていたと思うのです。そういう事件も起こっているからだと思うんですね。ところが、この法案は、そこまでは明文の規定を置かずに、裁判所が後見人を選任する選任の理由の中の一つに利害関係の有無を判断材料にするという程度にとどめているんですね。これはぜひ、利益相反にある個人や法人は後見人にしてはならない、そのぐらいのきちっとした規定があってもいいんじゃないかと私は思うのですが、そこまで規定を置かなかった理由は何でしょう。
〇細川政府委員 明確に利益相反の関係にある人を後見人等に選任することは、これは適当でないことは明らかでございます。 ただ、この条文は、後見、保佐、補助すべてにわたって他の方でも準用されている規定でございますし、また、利益相反ということは非常に幅広い概念でございます。配偶者であっても、一定の例えば分割相続等に関しては利益相反する場合もあるわけですから、利益が相反する場合はこれを一切後見人にできないということにされてしまうと、これはやや硬直的な制度になってしまう。そこで、そういったものを重要な考慮要素として考慮していただいて、最終的には家庭裁判所の適切な判断をまちたいというのがこの規定の趣旨でございます。
(国会会議録検索システムによる第146回国会参議院法務委員会会議録第3号11頁から)(一部省略し、下線を記入)
○橋本敦君 そこで、法人の問題についてちょっと検討させていただきたいと思うんです。 法案によりますと、法人も成年後見人はもとより任意後見人、後見監督人、これに就任ができる、こうなっております。そこで、受任者である法人と本人との間に利益相反関係があるような場合はどうするか、そういう問題がやっぱり起こるんですね。法人はいずれの受任者にもなれないという制約がそこまで必要かということになりますと、これまたそれだけでいいのかという問題も出てきます。この点は法八百四十三条第四項によりますと、利害関係の有無を考慮するという規定になっております。ここで言う利害関係の有無を考慮するというのは、具体的にどういう場合にどういう判断がなされ、利益相反行為については何らかの基準ということを考えた、そういった基準というようなものがどこかにあるのかどうかという問題も一つは検討する必要があるかなという気もするんですね。ここらあたり、民事局長はどうお考えでしょうか。
○政府参考人(細川清君) これは、利益相反という用語が非常に幅広い概念でございます。したがいまして、少しでも利益相反がある場合にはすべて後見人あるいは後見監督人等になれないということになりますと、制度としては非常に硬直的になるだろうというふうに考えているわけなんです。それで、よく問題になりますのは、例えば施設に入所されている痴呆性高齢者の方がおられて、その方の後見人をする場合に、その施設の代表者がこれに適当かどうかという問題になりますと、後見人は包括的代理権を持っていますし、経営者は御本人と契約していて料金を徴収することになっているわけですから、そういう場合には明らかに不適当だということで、裁判所は後見人を選ばないと思います。ただ、そうでなくて、先ほど厚生省から若干お話しされましたが、例えば無料の介護サービスというのがございますね。そういう場合には必ずしも利益相反とは言えない場合もあります。それから、法定後見人が二人いるという場合で、それぞれ分掌すればその相反の問題は回避できる。それから、補助人の場合には権限が狭いものですから、その狭い範囲では利益相反が起きないということが言えると思います。ですから、そういうことで、やはりこれは裁判所の適切な御判断に期待するのが適当であるということで、それを考慮事項として挙げたわけでございます。
○橋本敦君 だから、そういう意味では、この利害関係の有無を考慮するという法の規定は、ある意味で言えば裁判所に包括的な権限を委任するということであるわけですね。だから、明確な基準というのはなかなか難しい。そこらあたり、最高裁としては、どういう姿勢でこの八百四十三条四項の運用をやっていくのが適当かというようなことで、検討、研究されているような状況がございますか。局長、いかがですか。
○最高裁判所長官代理者(安倍嘉人君) ただいま御指摘の点は、まさに個々の事案ごとにおいて裁判所が判断すべき問題ということになろうかと思っております。その意味では、今、民事局長から説明があったようなことを個々の事案ごとに考慮しながら、まさに利益相反ということで後見人とするのはふさわしくないというふうに判断するか、さらにその利益相反の問題があるにいたしましても、後見監督人を選任することによって補完ができるとか、複数選任することによって分掌ができるとか、こういった措置がうまくとれるかどうかということも含めて検討していくことになろうかと考えているところでございます。 以上でございます。
○橋本敦君 実際に施設で老人の財産を不当に占奪したというようなそういったケースも起こっているという状況があるものですから、国民的な不安と関心というものもこれについてはやっぱりあるんですね。 九六年の関東弁護士会連合会の高齢者の財産管理に関するアンケート調査結果というのがありますが、これによりますと、福祉関係者が担当したケース一万二千九百一件中、預金通帳、権利証等を施設または職員が保管しているのが五千五百二十六件、福祉関係者が保管しているのが三百二十件、四五%にも上っているという実情があるという報告があります。 法務省の民事局参事官室の要綱試案に対する意見照会の結果の概要というのが出ておりますが、ここでも、利益相反関係にある法人及びその代表者、使用人を排除する明文規定を設けるべきであるとする意見が多数と記してあります。これは事実だと思うんですね。排除する明文規定を設けるべきだという意見が五十、慎重ないし消極が五にとどまったというのが法務省の資料を見ると書いてあるんですけれども、日本障害者協議会、社会福祉協議会、このいずれも利益相反ということについて、成年後見人になることが適当でない場合があることに十分留意してほしい、あるいは福祉施設を経営する社会福祉法人については利益相反の問題から慎重に対応すべきという意見が出されている。 こういう意見があったというのは、民事局長、これは間違いないですね。
○政府参考人(細川清君) 御指摘のとおりでございます。
○橋本敦君 そういう面で、こういう意見があったんですが、排除する明文規定を設けるべきだという意見が五十にも上っている。慎重意見、消極意見は五である。 そこで、明文規定としてもう少しここのところをはっきりと規定する工夫がなかったのか。明文規定で厳格に禁止というところまで行かなくても、単に利害関係の有無を考慮するという八百四十三条四項程度じゃなくて、もう少し具体的な規定の仕方がなかったのか。そこらあたりの議論や結果はどうなんですか、民事局長。何か知恵があったように私は思うんですけれどもね。
〇政府参考人(細川清君) いろいろな御意見を伺いまして、いろいろ審議会等でも御意見を伺いまして、やはり最終的には、民法という基本法なものですからある程度抽象的にならざるを得ないということで、これはやはり裁判官の英知に期待するのが、結果的には最も妥当な結果が出るのではないかというのが最終的判断であったわけでございます。
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